由来

新明国上教会の由来について 大正元(1912)年11月の早暁、神奈川県橘樹郡稲田村大字宿河原1248番地、現在の川崎市多摩区宿河原に火水之心日之心新明国上心様(ひみずのこころひのこころしんめいこくじょうこころさま) が、教祖関山盛衆法師の御身体にくだりました。
教祖はその日から75日間、飲まず食わず眠らず、日ごと夜ごとに火の行、水の行をつとめられ、この時から〈神〉として教祖の御行が始まります。
それからというもの、教祖は天地の心様の命令どおり、ありとあらゆる難行苦行をされ、鳥畜類や草木とも心が通じ、星や月の心とも通じ、時には天候や世界の変事までもわかり、まさに天地見通しでありました。
やがて、長年にわたる自然発火するような凄まじい御行の都度くだる『言葉』が、『経文』という偉大な力として結晶化していきます。
そして、ついに昭和3(1928)年2月21日〈ぶんえんいとくの心〉がくだると、純粋結晶体としての『火水之心日之心新明国上三宝経』と『天国法流』という御法にまとめあげられました。
しかし当初は、国家神道を謳う当時の宗教団体法という制度上、新しい宗教を興すことが困難だったため「真言宗醍醐派」に属すことになりました。
そのため、教祖は不動明王を新明国上心様として教え導き、「真言宗醍醐派修験道宿河原教会」通称「宿河原不動尊」また教祖自身が「宿河原の生き神様」とも呼ばれ、天命のまま信徒、行者を教え導きました。
昭和27(1952)年に教祖が亡くなると直ちに現会長が後を継ぎ、経典御法の道をもって、お教えをひろめました。
【平成16(2004)年11月2日、現教主に法灯が継承されました】
そして、幾多の困難を乗り越えて、ついに昭和38年(1963)不動明王から本来の姿である教祖を御本尊『火水之心日之心新明国上心様』とする新明国上教会及び新明国上尊の認証を受け、教団にとって一つの悲願である『単立宗派の確立』を成し遂げました。
有史以来、火水日の心を基にして、幾多の宗教が世にあらわれています。
『火』と『水』と『日』は宇宙構成の基本であり、人間をはじめ、あらゆる生命の根源とされ、また、すべての物質の根源でもあります。
信じているものは人それぞれですが、各人の立場からこの世の進展に最善を尽くすこと、天地火水日の心に感謝する教えのみちが、新明国上教なのです。